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小田春人の日記 記事一覧

--日々の出来事

小田春人の日記

中山間地域調査視察団

2012年02月01日

 超党派議員で結成した「中山間地域調査視察団」で、1月31日、
2月1日の2日間、「幸福度ランキング」トップの福井県を訪れました。
 私が会長を務める「中山間地域振興政策研究会」(自民党議員有志で構成)
で計画していた所、他会派からも一緒にとのことで、県議会史上初めての
画期的な合同視察団となったのです。
 風邪等で若干減ったものの、自由民主党岡山県議団、民主・県民クラブ、
公明党岡山県議団、日本共産党岡山県議会議員団、無所属と文字通り
全会派有志参加24名の大視察団です。
 視察先は、農業生産法人 有限会社かみなか農楽舎、福井県庁、
福井県立恐竜博物館。
 折からの大寒波で、外は一面の銀世界です。
 車中から目の当たりにして、思わず歓声が上がります。
 内容も大変充実した視察でした。
 懇親会も、思わぬ愉快なパフォーマンスがあり、盛り上がること盛り上がること。
とうとう最後は5次会まで行ってしまいました。(議員になってから初めてです)
 「年に1回は、是非ともこんな視察をしよう」と多くの議員から
言っていただいたこと、団長冥利に尽きます。
 青野事務局長、随行の長府、脇坂、岡本の3事務局職員の皆さん、
本当にありがとうございました。

 

青春、朱夏、白秋、玄冬

2012年01月31日

 「総理にさせてみたい政治家、ともし聞かれれば(聞かれたことはないが)
心の中でそっと藤波孝生と答える。
どういう関係か、と問われれば、一度会ったことがあるだけ、と答える。
藤波との対話ほど、鮮烈に、そしてすがすがしく、感動的なものはない。
知り合う、ということは会う回数や時間ではない。深さだということを
藤波との対話から学んだ。」(「指導力」 日本経済新聞社)
 40年間に及ぶ政治ジャーナリスト生活で、佐藤栄作から野田佳彦まで
24人の総理大臣を取材してきた田勢康弘さんに、こうまで言わしめた
藤波孝生さんとは、一体どういう政治家だったのかと興味は尽きません。
 橋本五郎読売新聞特別編集委員も、「謙虚さの政治-藤波孝生の
『白秋』に生きる幸せ」と題したコラム(「範は歴史にあり」藤原書店)の中で
藤波さんのことを書いています。
 中曽根内閣元官房長官の藤波さんは、リクルート事件に連座し、
政治家人生は一瞬にして暗転しました。
 被告の身となり、地元の人々へのお詫びの旅を始めました。
 くちなしやお詫び行脚の旅衣
 言訳は一切すまじ花に佇(た)つ
 峠行く吹雪けば吹雪かきわけて
 控え目に生きる幸せ根深汁(ねぶかじる)

 藤波さんの人柄が伝わってきます。
 三重県議を含め40年に及ぶ政治生活を終えた藤波さんを激励する
「藤波さんご苦労さんの会」(2003年)での挨拶。
 「人生に青春、朱夏、白秋、玄冬の四季があるとすれば、いよいよ
これから白秋に入るという気持ちで、伊勢の一角で日本と日本人の
将来を見つめて生きたいと念願しております」
 2007年、74歳で亡くなられました。
 「亡くなる3週間前、入院先の病院を訪ねた。
記者人生で最も心の琴線に触れた政治家だったことを病室で改めて実感した」と
橋本さんは述懐されています。
 天国の一角で、藤波さんは、日本と日本人の現在をどのように
見つめられているでしょうか。
 (青春、朱夏、白秋、玄冬は五行説で、春、夏、秋、冬の異称です。)


 

“岡山の星”から“日本の星へ”

2012年01月30日

 村田吉隆衆議院議員の井原新年互礼会での席上、重友梨佐選手優勝の
第一報が司会者から報告され、場内どっと歓声があがりました。
 正真正銘の岡山県出身です。
 2005年全国高校女子駅伝で興譲館初優勝の主将を務め、
新谷選手とともにその立役者でした。
 天満屋から4大会連続オリンピック出場という前代未聞の大快挙が確実です。
 「Mr.サンデー」に生出演した重友選手の態度は実に好感が持てました。
 飾らないおっとりした受け答えの中に、シンの強さを感じさせます。
 “岡山の星”から“日本の星へ”そして“世界の星へ”と更なる大飛躍を期待しています。
 それにしても、週末来突如駆け巡った“情報”にこの快挙は影響を与えるのでしょうか。

三つの「ス」

2012年01月29日

 政治家にとって重要な資質については、古今東西歴史上
さまざまな議論がなされてきました。
 ドイツの世界的に有名な社会学者、マックス・ヴェーバーは、
「情熱」、「責任感」、「判断力」が必要であると言っています。
 この基本的な資質の上に、私は三つの「ス」が大切だと考えています。
 それは、「センス」、「バランス」、「インテリジェンス」です。
 物事の微妙な感じ(よさ)を知る心の働きを「センス」といいます。
見当のよさ、感覚力といってもよいと思います。
 「バランス」とは釣り合いがとれていることです。
“鳥の目”と“虫の目”を同時に持つことが大事です。
 「インテリジェンス」には、知性、知能の意味もありますが、
ここで強調したいのは情報のことです。
 「インテリジェンス」のプロ中のプロ、佐藤優さんは、
生きていく知恵、生き残る知恵だと言っています。
 役に立つ情報を収集・分析して、戦略・戦術を立てるのは、
実は大変難しいことで、これが出来る人は少ないのです。
 今日、加藤浩久県議の「新春の集い」がありました。
 挨拶で、「事実を語ればほめ言葉になります」と前置きした上で、
「加藤先生は三つの『ス』を持ち合わせた、素晴らしい政治家です」
と申し上げました。

  


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中山間地域調査視察団

 超党派議員で結成した「中山間地域調査視察団」で、1月31日、
2月1日の2日間、「幸福度ランキング」トップの福井県を訪れました。
 私が会長を務める「中山間地域振興政策研究会」(自民党議員有志で構成)
で計画していた所、他会派からも一緒にとのことで、県議会史上初めての
画期的な合同視察団となったのです。
 風邪等で若干減ったものの、自由民主党岡山県議団、民主・県民クラブ、
公明党岡山県議団、日本共産党岡山県議会議員団、無所属と文字通り
全会派有志参加24名の大視察団です。
 視察先は、農業生産法人 有限会社かみなか農楽舎、福井県庁、
福井県立恐竜博物館。
 折からの大寒波で、外は一面の銀世界です。
 車中から目の当たりにして、思わず歓声が上がります。
 内容も大変充実した視察でした。
 懇親会も、思わぬ愉快なパフォーマンスがあり、盛り上がること盛り上がること。
とうとう最後は5次会まで行ってしまいました。(議員になってから初めてです)
 「年に1回は、是非ともこんな視察をしよう」と多くの議員から
言っていただいたこと、団長冥利に尽きます。
 青野事務局長、随行の長府、脇坂、岡本の3事務局職員の皆さん、
本当にありがとうございました。

 


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 「総理にさせてみたい政治家、ともし聞かれれば(聞かれたことはないが)
心の中でそっと藤波孝生と答える。
どういう関係か、と問われれば、一度会ったことがあるだけ、と答える。
藤波との対話ほど、鮮烈に、そしてすがすがしく、感動的なものはない。
知り合う、ということは会う回数や時間ではない。深さだということを
藤波との対話から学んだ。」(「指導力」 日本経済新聞社)
 40年間に及ぶ政治ジャーナリスト生活で、佐藤栄作から野田佳彦まで
24人の総理大臣を取材してきた田勢康弘さんに、こうまで言わしめた
藤波孝生さんとは、一体どういう政治家だったのかと興味は尽きません。
 橋本五郎読売新聞特別編集委員も、「謙虚さの政治-藤波孝生の
『白秋』に生きる幸せ」と題したコラム(「範は歴史にあり」藤原書店)の中で
藤波さんのことを書いています。
 中曽根内閣元官房長官の藤波さんは、リクルート事件に連座し、
政治家人生は一瞬にして暗転しました。
 被告の身となり、地元の人々へのお詫びの旅を始めました。
 くちなしやお詫び行脚の旅衣
 言訳は一切すまじ花に佇(た)つ
 峠行く吹雪けば吹雪かきわけて
 控え目に生きる幸せ根深汁(ねぶかじる)

 藤波さんの人柄が伝わってきます。
 三重県議を含め40年に及ぶ政治生活を終えた藤波さんを激励する
「藤波さんご苦労さんの会」(2003年)での挨拶。
 「人生に青春、朱夏、白秋、玄冬の四季があるとすれば、いよいよ
これから白秋に入るという気持ちで、伊勢の一角で日本と日本人の
将来を見つめて生きたいと念願しております」
 2007年、74歳で亡くなられました。
 「亡くなる3週間前、入院先の病院を訪ねた。
記者人生で最も心の琴線に触れた政治家だったことを病室で改めて実感した」と
橋本さんは述懐されています。
 天国の一角で、藤波さんは、日本と日本人の現在をどのように
見つめられているでしょうか。
 (青春、朱夏、白秋、玄冬は五行説で、春、夏、秋、冬の異称です。)


 

 村田吉隆衆議院議員の井原新年互礼会での席上、重友梨佐選手優勝の
第一報が司会者から報告され、場内どっと歓声があがりました。
 正真正銘の岡山県出身です。
 2005年全国高校女子駅伝で興譲館初優勝の主将を務め、
新谷選手とともにその立役者でした。
 天満屋から4大会連続オリンピック出場という前代未聞の大快挙が確実です。
 「Mr.サンデー」に生出演した重友選手の態度は実に好感が持てました。
 飾らないおっとりした受け答えの中に、シンの強さを感じさせます。
 “岡山の星”から“日本の星へ”そして“世界の星へ”と更なる大飛躍を期待しています。
 それにしても、週末来突如駆け巡った“情報”にこの快挙は影響を与えるのでしょうか。

 政治家にとって重要な資質については、古今東西歴史上
さまざまな議論がなされてきました。
 ドイツの世界的に有名な社会学者、マックス・ヴェーバーは、
「情熱」、「責任感」、「判断力」が必要であると言っています。
 この基本的な資質の上に、私は三つの「ス」が大切だと考えています。
 それは、「センス」、「バランス」、「インテリジェンス」です。
 物事の微妙な感じ(よさ)を知る心の働きを「センス」といいます。
見当のよさ、感覚力といってもよいと思います。
 「バランス」とは釣り合いがとれていることです。
“鳥の目”と“虫の目”を同時に持つことが大事です。
 「インテリジェンス」には、知性、知能の意味もありますが、
ここで強調したいのは情報のことです。
 「インテリジェンス」のプロ中のプロ、佐藤優さんは、
生きていく知恵、生き残る知恵だと言っています。
 役に立つ情報を収集・分析して、戦略・戦術を立てるのは、
実は大変難しいことで、これが出来る人は少ないのです。
 今日、加藤浩久県議の「新春の集い」がありました。
 挨拶で、「事実を語ればほめ言葉になります」と前置きした上で、
「加藤先生は三つの『ス』を持ち合わせた、素晴らしい政治家です」
と申し上げました。

  

 野田首相の施政方針演説に「教育」の字は一度も使われませんでした。
 民主党政権になって、鳩山、菅、野田3首相とも、就任時の所信表明演説や
通常国会での施政方針演説で教育問題が語られることはほとんどありません。
 自民党政権時代は考えられなかったことです。
 「決められない政治」から脱却する、「大きな政治」、「決断する政治」と
訴えてはいるものの、全文を読んでも心に響いてきません。
 「伝わらない身を切る覚悟」(山陽新聞)
 「口先の『決断』では済まぬ」(中国新聞)
 「言葉だけで信は得られぬ」(産経新聞)
と社説の見出しで論評される所以(ゆえん)です。
 「私たちは長い長い『歴史のたすき』を継ぎ、次の世代へと
渡していかなければなりません。」
 こんな下りも出てきます。
 しかしながら、「歴史のたすき」を次世代へとつないでいくためには、
「教育」抜きには絶対的に出来ないのは明々白々であります。
 野田首相は、松下政経塾で松下幸之助翁から一体何を学んだのでしょうか。


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