2010年07月05日
「どこにでもやっているような教師による補習ではなく、高校野球のようにOBと高校生が自球に一丸となって猛練習に取り組んでいく、そのような世界を勉学の世界でも実現したい。
OBと高校生による勉学甲子園を創りたい。
そう考えた私は、三原高校時代に生徒を合宿させたことのある河内の竹林寺を思い出し、夏休みの合宿をお願いしたところ、快く承知してくださった。
昭和39年のことである。
大学生4名、高校3年生8名で1期生のスタートとなったが、当時の山道は非常に険しく、河内駅からlリュックサックに本を一杯詰め込み、両手に缶詰と米を持ちながら、本当に死ぬような思いで3時間以上の道程を経てやっと竹林寺にたどり着いたのである。
そして、1期生8名もまた希望の大学に入り、返すことの出来ない先輩への限りない感謝と感動、そして後輩に伝えてやりたいと、次に2期生を、そして3期生へと心の燈は受け継がれ、絶えることなく37年、今も故郷、尾道市浦崎に建てた合宿所でこの道場を続けている。
竹林寺で学んだ生徒も今では900人を超え、社会の第一線で活躍している。
特に医学の道に携わっているもの達は実に230人を超えるに至っている。
私の好きなことばの中に
『勉強はどこでもできる。しかし、いつ、どこで学んだかは、その人の一生を決める』という言葉がある。
若い時に、自分のために無償の愛を与えてくれ、心の応援団となってくれる先輩をもった感動は、この道場で学んだ竹林寺生だけのものであり、一生の宝となるだろう。」
「わが青春の詩 竹林寺道場」に壇上先生が書かれた「竹林寺道場スタートの由来」の一節です。
私は2期生でした。遠い過去の思い出です。
しかし、「あの時があったから今がある」
“忘れ得ぬ青春の一コマ”であります。
