この広場は、さまざまな笑いのエピソードを紹介する場です。 「笑い」に関することならどんなことでも結構です。 皆様の投稿をお待ちしています。
2011年08月11日
井原は古くから繊維産業が盛んな土地柄。
作られた作業服の胸に会社名を刺繍する業者も点々ありました。
その中の一軒に出入りしていたのがペンギン物語の主人公で、クリーニング店のAさん。
ある日のこと、喫茶店でポロシャツ談義が始まり、ポロやペンギンマークで知られるマンシングなど、色々なブランドが飛び交いました。この時Aさんは「ノーブランドをブランド物にできないか‥」と、少し欲をだしたのがそもそもの始まり。
数日後、ネーム屋さんへ御用聞きに行ったAさんは、そこのご主人に「オヤジさん、ワシのシャツにペンギンを入れてもらえるかなー」と頼み込んだのです。
「ああえーよ」とご主人は気軽に引き受けてくれ、Aさんはこれで無印品がマンシングブランドに早変わりするとニヤニヤ。早速シャツを持参しました。
数日後、ワクワクしながらネーム屋さんへおじゃましたAさんは、出来上がったニセのマンシングブランド品の入った袋を大切に持ち帰り、こっそり広げてみてビックリ仰天。絶句‥。顔面蒼白‥。
な、なんと、シャツの胸部分にはペンギンマークではなく、カタカナで「ペンギン」と入っていたのです。(8/10 K・Wさま)
2008年05月02日
先日ネットのお笑いページで見つけた「本能寺の恋」、内容は「織田信長は本能寺の恋に破れて自害した」との内容でした。
この話は、ある学生がノートに「織田信長は本能寺の変に破れて自害した」と書こうとしたが、「変」という漢字を「恋」と書き間違えたというエピソードのようです。いかにも有りそうな話でもあるし、作り話だとしたらトンチの利いた話だと笑ってしまいましたが、本当に信長が恋に破れていたとしたら相手は誰だろうと ふと考えてみました。捻らなければ明智光秀の妻に手を出して逆上した明智光秀に打たれたとするのが妥当だろうと遊び心でネットで「明智光秀の妻」で検索したらこれがびっくりしたことに 本当にそのような事実が有った可能性が強いというサイトにたどり着きました。驚きを隠せず読んでみると「信長公が光秀の妻がとても美しいと聞き、光秀の妻に迫って激しく断られたことを根に持ちその後の経緯に発展した」と書かれていました。
以前に放映していた所さん&おすぎさんの某番組のホームページですが.....実際のところは判りようもありませんが、一字の間違いが真実に繋がる可能性もあるという事に転んでもタダでは起きるな精神って大切だと改めて思いました。「http://www.tv-tokyo.co.jp/tohoho/back/040514.html」「本能寺の恋」、「本能寺の恋」、今度は「桜田門外の恋」も調べてみたくなりました。 (笑) (5/1 K.Sさま)
Kさん、笑いの広場への投稿本当にありがとうございます。
実に興味を引かれるエピソードですね!私も探究心が駆り立てられるようです。
また、私はKさんの「笑い」から生まれたこの一連のエピソードは、人が歴史に興味をもつきっかけとなるココロの動きを表していると感じました。「なぜ?」「どうして?」「本当?」「知りたい!」こうして、ある事象に対する興味はどんどん深まっていくのではないでしょうか。
「転んでもタダでは起きるな精神」、私も大切にしたいです!
2008年03月15日
3月14日、OHKで「笑顔をくれた君へ」という番組が放送されました。番組の記事を紹介します。
「小児科医師の多佳子(常盤貴子)は、5年前に外科医だった亡き父の病院を受け継いだ際、自分の専門である小児科に病院を変えた。だが、経営状況は厳しいものだった。
そんなある日、病院に道化師のクラウンK(宮迫博之)が現れる。あるイベントで彼のパフォーマンスを見た多佳子が、病気と闘う子供らと笑顔を取り戻すため、病院に来て欲しいと頼んでいたのだ。
病院を回って患者を元気づける“ホスピタルクラウン”は欧米では広く認知されているが、看護士長の光代(泉ピン子)や子供らの母親は、治療に支障をきたすと反対し、追い返す。しかし、クラウンKが去った後、子供らに大きな変化が表れる。」
まさに、「実話から生まれた“笑い”と涙の感動奮闘記!」というアピールがピッタリの番組でした。
「笑いが病気を治すとは思いません。しかし、笑いは、病気を治す勇気を子供たちに与えるのです。」
その通りではないでしょうか。
「大きな変化」とは、子供も母も病気を治すために、一生懸命立ち上がっていく姿です。
井原は古くから繊維産業が盛んな土地柄。
作られた作業服の胸に会社名を刺繍する業者も点々ありました。
その中の一軒に出入りしていたのがペンギン物語の主人公で、クリーニング店のAさん。
ある日のこと、喫茶店でポロシャツ談義が始まり、ポロやペンギンマークで知られるマンシングなど、色々なブランドが飛び交いました。この時Aさんは「ノーブランドをブランド物にできないか‥」と、少し欲をだしたのがそもそもの始まり。
数日後、ネーム屋さんへ御用聞きに行ったAさんは、そこのご主人に「オヤジさん、ワシのシャツにペンギンを入れてもらえるかなー」と頼み込んだのです。
「ああえーよ」とご主人は気軽に引き受けてくれ、Aさんはこれで無印品がマンシングブランドに早変わりするとニヤニヤ。早速シャツを持参しました。
数日後、ワクワクしながらネーム屋さんへおじゃましたAさんは、出来上がったニセのマンシングブランド品の入った袋を大切に持ち帰り、こっそり広げてみてビックリ仰天。絶句‥。顔面蒼白‥。
な、なんと、シャツの胸部分にはペンギンマークではなく、カタカナで「ペンギン」と入っていたのです。(8/10 K・Wさま)
先日ネットのお笑いページで見つけた「本能寺の恋」、内容は「織田信長は本能寺の恋に破れて自害した」との内容でした。
この話は、ある学生がノートに「織田信長は本能寺の変に破れて自害した」と書こうとしたが、「変」という漢字を「恋」と書き間違えたというエピソードのようです。いかにも有りそうな話でもあるし、作り話だとしたらトンチの利いた話だと笑ってしまいましたが、本当に信長が恋に破れていたとしたら相手は誰だろうと ふと考えてみました。捻らなければ明智光秀の妻に手を出して逆上した明智光秀に打たれたとするのが妥当だろうと遊び心でネットで「明智光秀の妻」で検索したらこれがびっくりしたことに 本当にそのような事実が有った可能性が強いというサイトにたどり着きました。驚きを隠せず読んでみると「信長公が光秀の妻がとても美しいと聞き、光秀の妻に迫って激しく断られたことを根に持ちその後の経緯に発展した」と書かれていました。
以前に放映していた所さん&おすぎさんの某番組のホームページですが.....実際のところは判りようもありませんが、一字の間違いが真実に繋がる可能性もあるという事に転んでもタダでは起きるな精神って大切だと改めて思いました。「http://www.tv-tokyo.co.jp/tohoho/back/040514.html」「本能寺の恋」、「本能寺の恋」、今度は「桜田門外の恋」も調べてみたくなりました。 (笑) (5/1 K.Sさま)
Kさん、笑いの広場への投稿本当にありがとうございます。
実に興味を引かれるエピソードですね!私も探究心が駆り立てられるようです。
また、私はKさんの「笑い」から生まれたこの一連のエピソードは、人が歴史に興味をもつきっかけとなるココロの動きを表していると感じました。「なぜ?」「どうして?」「本当?」「知りたい!」こうして、ある事象に対する興味はどんどん深まっていくのではないでしょうか。
「転んでもタダでは起きるな精神」、私も大切にしたいです!
3月14日、OHKで「笑顔をくれた君へ」という番組が放送されました。番組の記事を紹介します。
「小児科医師の多佳子(常盤貴子)は、5年前に外科医だった亡き父の病院を受け継いだ際、自分の専門である小児科に病院を変えた。だが、経営状況は厳しいものだった。
そんなある日、病院に道化師のクラウンK(宮迫博之)が現れる。あるイベントで彼のパフォーマンスを見た多佳子が、病気と闘う子供らと笑顔を取り戻すため、病院に来て欲しいと頼んでいたのだ。
病院を回って患者を元気づける“ホスピタルクラウン”は欧米では広く認知されているが、看護士長の光代(泉ピン子)や子供らの母親は、治療に支障をきたすと反対し、追い返す。しかし、クラウンKが去った後、子供らに大きな変化が表れる。」
まさに、「実話から生まれた“笑い”と涙の感動奮闘記!」というアピールがピッタリの番組でした。
「笑いが病気を治すとは思いません。しかし、笑いは、病気を治す勇気を子供たちに与えるのです。」
その通りではないでしょうか。
「大きな変化」とは、子供も母も病気を治すために、一生懸命立ち上がっていく姿です。